東京、独身生活Vol.012 闘病生活(心不全・心筋症)

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T病院に即日入院させられて、翌日から検査の毎日。

MRI」:ブーンとうるさくて寒い検査室、途中でオシッコ行きたくなって大騒ぎ

CT」:造影剤を注射されるんだけど、なんか気持ち悪くなりました

心臓負荷テスト」:心電図つけてランニングマシンに乗る感じ

超音波検査」:心臓の上をグリグリ~

経食道エコー」:胃カメラみたいなモノ、これが一番苦しかったかも。

その他にもレントゲン、血液検査は毎日、最初の1週間は検査づくしで疲れモードでした。

そして極めつけは「カテーテル検査

これは腕の動脈から細いカテーテルという管を心臓まで通して、造影剤を注入して冠動脈の血液の流れ具合を検査するのです。

カテーテルといえば、女装子モードでのプレイの一環で「尿道カテーテル」遊びされたくらいの思い出しかないのですが・・・心臓まで通すって「怖っ・・」と思い何とか阻止する方法を考えたのですが問答無用でした。

カテーテル検査って検査ではなく「一種の手術」みたいなもので「同意書」がいるんです。家族の同意っていっても両親は「関西の辺境住まいで高齢」、仕方ないので、長男に「同意書」を書いて郵送してもらいました。

これで元嫁に病気の事が知れる事となり、様子見に東京まで来て久々の再開を果たしましたとさ(笑)

いろんな検査の結果、「重度の心臓肥大と心不全」つまり心臓の機能が著しく低下してるとの診断。

でも「心不全は病名ではない」のです。心不全や心臓肥大を引き起こした原因が病名であって私の場合は「虚血性心筋症」との事でした。

心臓を動かす為に周囲に張り巡らされている3本の冠動脈すべてで、5か所以上の100%近い閉塞がある。 毛細血管からかろうじて血液が供給されている。

いつ、急性心筋梗塞を引き起こしても不思議ではない状況との事。

本来なら早急に冠動脈バイパス手術をしなければならないが、心臓が肥大している為に現在の状態では手術できない

体内の水分を抜いたり、〇〇〇(よく覚えていない)を減少させ、心臓を小さくする薬物投与を実施するが、このまま心臓が小さくならなければ「5年以内には・・・」と恐ろしい言葉が大先生の口から伝えられました。

5年かぁ・・ 不思議と冷静にこれからの事を考えられました。

でも5年もの間、どんどん衰えていく身体の不自由さに耐えていける自信は全く無かったなぁ!!

前日まで元気に動いてエッチして、パタっと逝く・・・これが理想ですよね。

そんなこんなで1か月くらい投薬治療を続けていると薬が効いてきて、みるみる体重(水分)が減少、心臓の大きさも随分小さくなってきました。

入院生活も1か月半を過ぎる頃に、大先生から「手術可」のお墨付きを頂きました。 ここで考えたのが、このまま「この病院で手術をお願いするのか」という事でした。

心臓の手術というのは、経験を要する高度な手術で、年間100例以上こなしている経験豊富な医者(病院)で執刀してもらうべきなのです。

私の入院しているT病院は都内でも有数の大病院で手術数も多いのですが・・心臓手術に関しては年間で30例足らず・・・

まして私の場合は冠動脈3本に僧帽弁まで変形しており置換もしくは形成手術の必要ありで長時間の大手術となる。(一度では無理かもと言われた)

そこで正直に大先生に私の思いを伝えて、転院を相談しました。

あまりイイ顔はされなかったけど、大先生も「この病院では難しい」のかな?

と考えていたのか、割とあっさり大阪にある「某国立病院」へ事前相談&紹介状を書いてくださいました。

大阪にしたのは、「親族(長男&元嫁)が大阪にいる」、「本人が大阪への転院を希望している」事にすれば病院内で波風が立たないとの配慮があったからなのでしょうね。

こんな感じで大阪への転院が決定し、医師&看護師同伴の救急車で東京から大阪まで移動しました。 6年前のクリスマスの日でした。

以上が東京での独身生活の最後、この後、4月頃、荷物の引き上げに東京には戻りましたが「療養の為、関西の辺境暮らし」を始めました。

東京で暮らした10年間、大勢の方々にお世話になり、まともな挨拶もできずに去った事を今でも悔やんでいます。

最後まで、お付き合い頂いたセフレの方々とも「最後の一発」したかったです(笑)

なんか、色々と不義理な事してしまったので、たまに東京へ行っても昔の仲間に顔会わせる事ができません・・・すみませんでした

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