大阪、闘病生活Vol.003 元嫁宅でのリハビリ生活

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7時間以上におよぶ大手術のワリには順調な経過で、心配された「感染症」や「不整脈」の発生もなく1週間経過した時点で退院を指示されました。

個人的には、私の病棟、担当看護師の中に、ちょっとキツ目の「Cool&Beauty」という言葉がピッタリ似合う「美形看護師」さんと仲良くなりかけていたので、もう2、3日ゆっくりしたかったのですが、私の入っている病室は人気らしくて「次が詰まっているから早く出て行って欲しい」との思いがミエミエで退院となりました。

当分は週2の「心臓リハビリ」の通院があるので、東京へ戻る訳にもいかず、元嫁宅に「私の部屋」を用意してもらいAmazonさんで「リクライニングベッド」&テレビを購入してリハビリ(居候)生活が始まりました。

元嫁宅というのは京都に隣接する大阪郊外のH市、私が新築してから20年経過、離婚後もローンを払い続けているので厳密にいえば「私の家」ですが、離婚の条件に「家は住み続ける」と覚書を交わしたので堂々と元嫁は住み続けています。

表札も変えてないので、よっぽど親しい人以外は「離婚の事実」を知らないでしょうね。

向かいの旦那さんから「〇〇さん、お久しぶりです」、「単身赴任から戻ってこられたんですね~」との挨拶。 それとなく挨拶しておきました(笑)

リハビリ生活は、「心臓リハビリ」に行く日以外は、一日4キロのウォーキングを2回

家の近くに「Y田池公園」というかなり大きな公園があり、ここまで行って公園の外周を一回りしてくると丁度4キロ、1時間程度のウォーキングとなります。

アップダウンも程よくあり朝夕にこれを繰り返していると、かなり弱っていた足腰も復活してきました。

この「Y田池公園」、休憩所の東屋や道端によく「ゴム製品」の残骸が落ちてました。 うーん、マナー悪いなぁ!! と思ってたんですが、

あとで、この公園は「ゲイの方」、「女装子」の出会いの場としては、少し有名な場所だった事を知りました。

こんな事だったら「夜にお化粧してジョギング」したのに・・・・ちょっと後悔してます。(笑)

3か月経過した頃には、「軽いジョギング」や「ゴルフのラウンド」も普通にこなせるまでに回復。

少し前(4月頃)に決めていた、「第二の人生(田舎生活)」を開始する為に、親父の生まれ故郷(実家)の離れに引っ越しました。

実は、手術後1か月くらい経過した時点で「東京に戻ろうか」とも考えていたのですが、それ程、新しく始めた事業にも執着心が無くなってました。

闘病生活の間に引き継いでくれたY君がしっかりやってくれているので、「そのまま譲渡」、親父の身体の調子も悪くなっていた頃なので、実家に帰って「漁師&猟師」と「週イチ程度の企業コンサル(大阪)」で生活していく事を決めました。

4月上旬には1週間くらい東京に戻って10年間暮らしたマンションを引き払ってきました。

前年9月下旬の「緊急入院」から約7か月放置状態の部屋・・・

冷蔵庫の中とお風呂場は悲惨な状況でしたが、それ以外は意外と綺麗??でした(笑)

引っ越しにあたって困ったのが「女装関係の衣服、バッグ類」でした。

東京時代はプライベートな時間は殆ど女で過ごしていたので大量にあり、とても実家には持っていけないので・・・

かなりコート類、ブランド物のバッグ類もあったので買い取り屋さんに来てもらい、不必要な家電製品と共に引き取って貰いました。

買い取り屋さんには、「なんで女物ばっかり・・」と不信がられましたが、「嫁がいなくなって・・」と曖昧な説明で誤魔化したのを覚えています。

とりあえず、大阪に「小さめのトランクルーム」を借りてきたので、そこに入る分だけの衣服&靴、バッグを送って、あとは全部を処分しました。

という事で、5年前の6月から関西地方の僻地(人よりも猪とか鹿の多い)で暮らし始めました。

夏の間は「鮎釣り」で地元の「オトリ屋」さん「料理屋さん」に釣ってきた鮎を譲る。 それ以外の期間は「猪や鹿を狙う猟師」生活です。

企業コンサルの収入はありますが、現金収入は東京リーマン時代の3分の1くらいに減りました(涙)

でも、毎晩飲み歩いて浪費する事もなくなったので気楽な生活ですね~

趣味?の「女装」のほうですが、これは大阪の某企業に週イチで行くついでに、トランクルームから衣装を持ち出して楽しんでいます。

回数は減ったけど、それなりに楽しいですね・・・

あっ、地元(実家)周辺では絶対にNGです(笑)

そんな事したら村八分になるような「閉鎖された地区」の「本家の長男坊」なんです私。

以上で闘病生活は終わりです。

もし、心臓が小さくなっていなかったら・・・

だぶん今頃は空の上から夜の公園で遊んでいる女装子さん達を眺めている事になってたでしょうね(笑)

生かされている事、そして私の命を救ってくれた先生方に感謝です。

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